【日韓文化比較】「和」をもって貴しの日本。「私」をもって貴しの韓国。お土産をもって行ったら。なんと!韓国では”どうしてもってきたんだ。と不快に。”日本では”ありがとうございます。”ともらった後にすぐ「お返し」。なのだが。

韓国の生活
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日本から帰ってきたときに、昔の同僚にお土産をもってきた。🛍

その時に、どんな言葉が返ってきたのか。

”どうして、買ってきたんだ。” ”あまり、こんなものを買ってこないくてもいいのに”

だった。

このことは、数日私を苦しめた。お土産を持って行って、喜んでもらえる姿を想像していたのだ。が、逆に不快にさせてしまった。私の予測はこうだ。

相手(韓国人)は負担に思っているんだろう。

同僚といえども、賄賂のように思われてしまった。

お返しを考えていて、それに対して文句を言っていた。

などであった。

韓国には贈答の文化はないのだろうか。非常にこのことは重要だと思う。

なぜならば、韓国人と仲良くなったら、必ずお土産をあげたり、もらったりすることは普通だからである。

しかし、日本人と韓国人の「お土産をもらった」ときの態度が異なる。どうしてか。

ある日本人と韓国人の比較解説のユーチューブチャンネルをみていた。そこでこんな話があった。日本は清算の文化だ。それは、

アニミズム🗻

から来ているからだ。と。

アニミズム日本

日本の固有宗教は「神道」神の道。これは

自然に宿る八百万の神を敬い祀るのである。海の神、山の神。それを祭るのである。

神からいただいたもの。ありがたく受け止める。感謝する心がわいてくる。たしかに、日本ではよく

あなたは「感謝」しなさい

といわれる。感謝。これは、全ての恵み(たべものや自然など)を神からもらったことから起因している。

そこで、贈答の起源がでてくる。

神にもらったら、必ず返す文化。返礼しなければならない。

それが、清算の思考へとつながるというのである。

日本ではなんでももらったら、お返しをする。これは、神からいただいた「めぐみ」をいただく。いただきます。という言葉は日本で連発される。

日本では世間体を気にする。世間にお騒がせしないことを、第一に考える傾向がる。お騒がせは世間に対しての、配慮であり、謝罪である。

世間とはなにか。日本人はありがとうございました。と感謝の意を表明する。

実際、ありがたいとは、「あってはならない」という意味だ。つまり、これで済ましてはいけない。まだ物事を「清算」していない。という意味なのだ。

さらによく使う言葉がる。「すみません」だ。😌

このすみませんも、済んでいない。つまり、清算されていないなのだった。

では、韓国はどうなのか。この清算という概念はないという。

韓国はもらって、受けて、それに対して反応するのではなかった。

「自分」がどうしたいのか。常に、相手に「与える立場」で対処しているというのである。

わかりやすい例でいうと、息子や娘に対するように、

「お金もないのに、どうして、そんなものを買ってきたのか」と叱責するように。

日本人からすると、ちょっとムカッとするかもしれない。大の大人にむかって、成人している私に向かって、子供扱いかと。😕

韓国に来てたしかに、お土産を持っていて、「どうして、こんなものを買ってきたのか。高いのに。」と逆に怒られたことがあった。

韓国ではお土産を買ってこようが、買ってこないが、本人の自由だ。買ってきても、お返しなどの儀礼はない。

しかし、ここで、誤解をしてはいけないのは、お土産を買ってこなくてもいい。のではない。

訪問するときは、必ず、お土産を持っていく。これは基本である。

日本は

神道の世界。贈り物への思い。

そしてもらったら、捨てられない。どうしてか、アニミズム的な世界だから。

これはキリスト教やイスラム教の一神教の世界とは異なる世界だという。

では日本の思想や宗教とは何か。

和をもって貴し

「和」

をもって、貴し。である。

同調を強いる。つねに人と和睦してい生きる。

それが

いじめの文化につながると指摘する学者もいる。同調圧力の世界。世間をお騒がせして、もうしわけありませんでした。それが「あやまる」世界。公共性を強調する方向へ足並みをそろえるといえよう。

では韓国はどうか。

「和」よりも、「個」の世界。自分がどう思うか。

相手がどう行動しようが、自分がどう思い、どう行動するか。

に重きが置かれている。

弱いものを、みなが寄ってたかって、非難すること。

弱いものを、みなが寄ってたかって、非難すること。

それによって、人と足並みをそろえ、同調していく。

世間には迷惑をかけないように慎重にいきる。

「ありがた」迷惑という言葉。

韓国に「ありがた迷惑」という言葉はない。

みな、一瞬一瞬迷惑をかけていきていく。それで、何も問題はない。

日本の挨拶

挨拶が多様化し、複雑化しているのも、この同調意識を関係あるという。

共有の確認であった。おはよう、こんにちは、こんばんは。

同じときを生きている。いつもお世話になっています。同じときをいつも生きています。

よろしくお願いします。お世話になっています。

時間までも「共有」する文化。

「共有の文化」、「同調文化」、そして「清算する世界」韓国にはあきらかに

日本社会で常識とされる社会規範はないように思える。

韓国の挨拶で、「ご飯をたべましたか。おいしく食べてください」がある。

そして、「福をたくさん、もらってください」もある。これは

自分から相手に積極的に働きかける、受け身の世界がない。

相手の気持ちはどうでもいい。自分が相手に働きかけるからだ。

清算や共有とは正反対ではないか。

お土産をどうするか。

私の経験では、

お土産はもっていった方がいい。

もってこなくてもいいといわれても、もっていったほうがいいだろうが、

必ずというものではない。お返しもしなくていい。

それよりも、一緒に食事をしたり、連絡することで、充分だということだ。

韓国人とのつきあい。日本の文化と異なるので、困惑するかもしれない。

困惑しながら、誤解しながら、徐々に理解していくしかないかもしれない。

また、私のブログを購読したり、ユーチューブを見るのもおすすめです。

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