朝鮮王朝21代王:ヨンジョ(英祖)とサドセジャ(思悼世子)の関係から見る親子関係。親の心理を考える。

韓国歴史・文化
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朝鮮王朝21代王であるヨンジョ(英祖)は息子であり、世継ぎの息子であったサドセジャ(思悼世子)を米櫃にいれて殺してしまったことで有名である。いわゆる子供殺しの親ということである。

サドセジャはすでに世継ぎとして決まっていた。韓国語でセジャ(世子)という。

セジャは3歳にして文字(当時は漢字)をすらすら読んだという。それをみた、王ヨンジョ(英祖)は驚き、多くの期待をかけた。なぜならば、

英祖は水汲みの女性から生まれたという、王の正統的な血筋でないというコンプレックスがあったからだ。

さらに、20代王であり、異母兄弟の景宗(キョンジョン)を毒殺したのでは?

という濡れ衣を着せられていた。この二つのことが、王になったヨニングンいわゆる英祖を悩ませ、コンプレックスを抱くことになったのである。

今回はここから起こる悲劇を歴史の教訓から親子関係について述べてみたい。

ヨンジョ(英祖)のコンプレックス

ヨンジョの治世は長かった。朝鮮王の中でももっとも長い在位期間として知られる。その間、多くの業績もたてている。彼は民のために政治を行うことをモットーとしていた。いわゆる

慈悲の心である。と私は考える。

彼は独裁というより、より民主的であった。韓国ではこれを

愛民思想という。民をどこまでも愛し、配慮し、負担をかけないということである。

一見素晴らしいように思う。しかし、行き過ぎた民優先はもしかしたら、理想主義に陥るのではないだろうか。理想が高いことは、他人に要求する度合いも高いといえる。

彼は完璧主義でもあった。自画像からもうかがえる。その目や顔立ちなどは、かなりスマートである。健康管理は徹底していた。

王は5回食事をしなければならなかった。だから健康を悪化させる王も多かった。

彼が長寿だったのは、この食事を3回に減らすという食事制限であった。

勉強をするにしても、座布団を敷かず、立って勉強することもあったという。だから彼は自分を自制することに長けているといえる。

子供にかける期待

そんな性格の持ち主。子供、いわゆる世子にかける期待も並みではなかったはず。いやゆる、勉強一筋であってほしい。

世子が成長するうちに、子供はチャンバラを好むようになっていった。しまいには、

武道も好むようになっていった。

日本とは異なる朝鮮。儒教では、学問を修めるものが尊敬される。まして王になろうとしているものが、武道に現を抜かしている。

ヨンジョは心配になるのは当然だった。

いや世子は父の完璧主義から逃れたかったのかもしれない。好き好んで武道を好んだのではないのだ。親の完璧主義が負担になり始めていたのだ。

そして、その兆しは度を増す。

ヨンジョ(英祖)は年を取り、結局代理として世子にそれを任命する。しかし、代理をさせながらも常に干渉の目が入る。父のそばで、政治の意見を述べなければならないことも多かった。

世子は徐々に精神に異常をきたし始める。

雷を恐れ、父を恐れ、服も自分で着れなくなる。あるとき、宮中のものを次々と殺害してしまう。

これを知った、西人派は10個の世子への非難書をヨンジョ( 英祖)に見せてしまう。これを知った王は憤慨する。これはどこまでも政争の計らいであったのではあったが。

周囲からも、世子への恐れや始末を王に訴え始める。英祖は徐々に自制する心がなくなっていく。

自制する力

英祖は最も頼りにしていた、自分の分身であった子供が、非行に走りだしていることに、我慢ができなくなっていった。

たとえ、息子であっても、子供を許すという心は起こらなかった。民には慈悲の心をかけていても、最も近い息子には、慈悲はなかった。

英祖は息子を呼びつける。二人の関係は挨拶さえもしない状況になっていたという。

世子を呼びつけ、「自決」を命じる。世子は必死に命乞いをする。

「お父さん、お許しください。私は父上が恐ろしくて仕方ないのです。私がどうしてこんな非行をしているのか理解したことはありますか。私自信もコントロールがきかないのです。どうか理解してください。」

しかし、

父、英祖はそんな息子の哀願にもかかわらず、感情は理性を超えていた。息子への怒りは、米櫃へ入れるという非常な行為にでてしまう。

彼の手で直接、米櫃の蓋にくぎを打つ。そのときの心はどうだったのであろうか。

王を止めることのできるものはなかった。

世子は8日目に死んでしまう。米櫃の中で身動きのとれず、餓死をしたともいわれる。

その光景を世子の子供である、正祖(チョンジョ)は見ていた。後の22代王である。

親の心理

ヨンジョ(英祖)はどうして、冷静になれなかったのであろうか。

我々子をもつ親ももしかしたら、一度は子供に感情的になり、非情な仕打ちをしたことがないだろうか。子供の行為を冷静に受け止められない。感情が先立つ。

他人には冷静になって接することができてもである。いざ、身内、子供になると、感情の悪魔が心をゆさぶる。

魔が差すというのであろうか。

もしかしたら、英祖だけではないのではないだろうか。

子供を愛するがゆえに、逆にそれがかなわないと、逆上してしまう。完璧な理想を「子供」に求めてしまう。

英祖もまさか子供を殺そうと思っていなかったはずだ。行動を制する理性がどこかに飛んでしまった。

どうしてか。

彼の生い立ちがそうさせたともいえる。

常に自分の立場を貶めようとする勢力がまわりにいる。恐れとの戦い。

自分を認めてくれる人はいたのであろうか。彼は弱者へのいたわりはあった。それは、もしかしたら、そんな弱者をいわたわることで、自分の愛の欠如を埋めようとしていたのかもしれない。

親となったものは、まず自らを省みることも必要だ。

自分は愛されている存在か。

自分には、理性をもったバランスのある人間であり、試練に動揺しない存在であると。

世子が米櫃の中で死んだあと、やっと我に返った「ヨンジョ(英祖)」。

彼はその後悔から、息子を「思悼」という諡号を与えた。

息子を愛していた。愛していたから、不必要な要求をしてしまった。

あるがままの子供の姿を見つめられるような「親」になれることが、子供をもつすべての親がもつ理想像かもしれない。

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